新幹線が行く

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2013年2月18日月曜日

カメラが好き?

私は物心ついた頃、いやつく前からカメラを持っていた。
子供のオモチャのカメラではなく、ちゃんとしたカメラ。
今思うと、キヤノンのキャノネットだったと思う。
セレン光取り込みのキラキラしらレンズだったのを覚えてる。
でも今はそれはどこの有るのかわからない。
それは、美大に通う叔父さんだったかその父親(私の祖父)だったかに貰ったんだとおもう。
祖父は亡くなった時、葬式で親戚に「オジさんは、進んでてね、早いうちから車も持ってたし、カメラもいっぱい持ってた」と聞いた。
今でも祖父(祖母が住んでる)の家には大切にローライの2眼レフのカメラが飾ってある。
それだけは触らせてもくれなかった。
それほど大事にしていたんだろう。
だから今でも触らないし、いや、何か触ってはいけない宝石のような感じかな。
おじいちゃんの魂に触れるような気がしてしまう。
まぁ2眼レフなんて使ったことも無いから、壊してしまったら大変だし。
まぁ叔父さん(息子)がどうこうするべきだから私には何の権限も無いしね。
そんな感じで幼少からカメラが身近にあった。
父も相当なカメラ好きで、家には2台の1眼レフがあった。
1台はアサヒペンタックス、もう1台はキヤノンのAE-1Pだ。
アサペンは完全なマニュアルカメラだったから、私には撮り方が分からなかった。
しかし、中学高校と一貫の学校に進んで、写真部に入った。それでAE-1Pを借りて撮影をしていた。
部室には現像機が2台あって、もちろんモノクロフィルムだけ現像が出来た。
酢酸臭い現像液や大量の流水で洗浄したり、部室でカップラーメンを食べたり、マンガを読んだり、懐かしい思い出だ。
そんな感じで、カメラ生活を送っていた時、世の中はオートフォーカスなるカメラが出始めた。
私の借りてたカメラは露出こそオートだったけれども、ピントはマニュアルだった。
そんな折、父は何の前触れもなくオートフォーカスのカメラを買ってきた。
キヤノンのEOS-10QDだ。
今でいうと、EOS-5Dくらいの感覚かな?
そこそこいいカメラだ。
私は壊したらマズイと思っていたので(ちなみに親父は物凄い怖い)全く触らなかった。
それでお古になったAE-1Pは私にくれた。
それが私の初めてのカメラ。
キャノネットが正確には初めてだけど、自分の意思でフィルムを買って印画紙に焼いてという意味では初めてのカメラ。
今でも大切にしている。
レンズは35-70の標準ズームと70-210の望遠レンズがある。
このカメラで本当にあちこちに行った。
修学旅行はもちろん、当時の晴海でやってた頃のモーターショーとか、アメリカにも持って行った。
飛行機に乗る時に、フィルムがX線で感光するから鉛でできたパックに入れて旅立った。
機窓からの風景や、アメリカの景色何かを何の気もなく撮っていた。日本では鉄道も撮ったし、とにかく何でも撮った。
でも今思うと、アートとしての作品を撮ろうという感じは一切無かった。
まぁまだ心が成熟していなかったんだろうね。かなり適当だった。
それはもしかして今も変わってない気がする。
いい写真を撮ろうと思って撮ってる事は少ないなぁとおもう。
この景色イイなと思ったら撮る。ただそれだけ。
構図がとか、背景がとかは少しは考えるようにはなったけど、もしかしてそれが余計な事なのかも知れないし、大切な事なのかも知れないし。まぁ、個展に出すような事は無いので良いんです。写真なんて自己満足で。
1本のフィルムで2枚か3枚かでも気に入った写真が撮れればいい。
そんなスタンス。
でも、デジカメで撮影する時より、フィルム写真では何というか、シャッターを切る時に何か魂を込めてる感じはする。
はい撮りました、画面で確認、あー失敗だ、良く撮れた。フィルムカメラではすぐには分からない。
多分失敗写真だな。といつも思ってる。
そんな中で現像から上がってきた写真を見て良いのがあった時の喜びが好きかな。

とまぁカメラ遍歴の最初の最初を今回は書いてみました。
そのうちその後も書こうと思いますよ。

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